シフクノトキ

至福、雌伏、私服。

本を運んでくる人

実家にいた頃、我が家には本を運んでくる人が二人いた。一人は街の本屋のたらばさん、もう一人は父だった。


たらばさんは月に一度、『噂の真相』と『家庭画報』を届けてくれていた。
ウワシンはいかがわしさ満載だったので最初はコソコソ読んでいたはずだが、いつの間にか「ウワシンまだ来てないの?」と親に尋ねるようになっていた。
家庭画報については、バックナンバーが綺麗に並べられた玄関の本棚を思い出す。


父が最初に私に持って帰ってきたのは、『モモちゃんねずみのくにへ』だ。幼稚園の頃、ある朝起きると枕元に置かれていた。

装丁がカラフルだった一方で、ジャングルジムの周りをモモちゃんがぐるぐる走るページは黒くて…詳しいストーリーは覚えていないけれど、ひたすらダークな印象がある。あらすじを検索してみると、ねずみのくにへ行ってしまったコウちゃんをモモちゃんが助けに行く、とあり合点がいった。私の弟もコウちゃんだから、きっと重ねて読んでいたのだろう。
この本の後味が、今でも私の好みのベースにはある。


つい先日、今年も父の命日が巡ってきた。私にとって父はどんな存在だったのかを振り返ると、「本を運んでくる人」というのが一番しっくりくる。

自分が携わった本だけでなく、自社の本、興味で集めた本、習慣的に買っていた様々な雑誌、幾分ジャンルに偏りはあったが、沢山の本が我が家にはあった。私が望めばどんな本も買ってくれたし、父の会社の雑誌をせがめば重いのも厭わず毎週持ち帰ってくれていた。

あんなに恵まれた環境にいたのに、自分の読書体験の貧しさには今更ながら溜息が出る。


何はともあれ、父が惜しみなく本を運び続けてくれたことが私にとっては一番の贈り物だった。父が亡くなって早十数年、ようやく言葉にすることができた。