シフクノトキ

至福、雌伏、私服。

初夏に迎えた、実りの秋

もう平成は去っていったけれど、せっかくなので自分も総括めいたことを書き残しておこう。
平成時代は私の人生の晩春から秋の盛り、種蒔きから収穫の時期と重なっている。

平成初めの頃、まさか自分が結婚・出産するなんて思ってもいなかった。好きな仕事、カタカナ職業に生きるんだ、と漠然と考えていた。今でも当時の私を知る人からは、まさかモミジちゃんがお母さんになるなんて、と真顔で言われる。
たまたま学生時代から付き合っていた夫と続いたからであって、別れていたら結婚もしていなかっただろう。

私が学生から社会人になる頃の平成一けた年代、子どもを産むことにはまったく興味がなかったし、ダサいことだと思っていた。
子無し共働きを指すDINKSなる言葉が流通していて、バブルの余韻を残していた最初の業界は会社の金で遊ばないのはバカでしょ、という雰囲気だった。
仲間内で比較的早く結婚したこともあり、結婚も育児もロールモデルが見当たらなかった。
じゃあ何で三人も産んだのかといえば、もうご縁としかいいようがない。

コネでもぐり込んだ最初の会社の待遇がすこぶる良く、産休育休を2回スムーズに取ることができた。時短中の減給もなかったし、今振り返ると恵まれすぎていたことに気付く。
辞めなければよかったと思わなくもないけれど、あそこに留まっていたら実務面では生ける屍になっていただろうから、やっぱり辞めて良かったのだ。

次に入った会社では、パートタイマー初の育休を取った。長男次男は職場や同僚にも育ててもらった面もあり、なんだかんだ子育てするには良い環境だった。最後はケンカ別れのように辞めたけれども、良い時期に勤められたと思っている。

昨年長男、そして今年は次男が大学生になった。あと一人、末っ子に10年弱かかるが、一応私の子育ては平成と共に一区切りついた。

私が何とかここまでたどり着けたのは、曲がりなりにも仕事を続けながら子どもを育ててきたからだと言い切れる。
どちらか一方だけだったら、どうなっていただろう?

ここ数年、長男の代のママ友界隈で離婚話をちょくちょく耳にする。子どもがある程度大きくなると、決断する人はするようだ。
そういう意味で、我が家では離婚級のケンカは年中行事なので、それがガス抜きになっているのかもしれない。
つい先日も私がキレて家を飛び出したら、長男がラインで連絡を寄越して迎えにきてくれ、安居酒屋で深夜まで愚痴をきいてくれたのだった。有難い、子育てのご褒美だと思っている。

大学生になると、特に男の子は家に帰ってこなくなる。二人とも都内のキャンパスライフを謳歌しているようで何より。
末っ子は少し寂しそうだけど、両親を独占できるのは満更でもなさそうだ。
平成の終わりと共に、我が家も新たなフェーズに入った。

さようなら、平成時代。
散々悪く言われてるけれど、私にとっては得るものの多い良い時間だったよ。